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ふらっとパリ
フランス・パリの生活、アート、テーブルセッティングなどを写真と共に綴ります。
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カールさんの花
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今年10月に日本でデモをする予定。
彼の花は、デリケートだ。小さな花と大きな花とを大変上手にアレンジして、花に軽やかさとデリケートさを与えている。彼の感性のなせる技です。ご注意下さい。テクニックもしっかりしています。
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ふらっとパリを歩いていると、練習中の音楽が耳に入り、サンジェルマン界隈には人がじわじわと、波が押し寄せるように集まってくる。何しろこの日のフランスは眠ることがない。蚤の市のようなものもあり、フロリストが道に沿えた季節の花は、私たちにまるで愛嬌をふるまるかのようである。
のどが乾きビールが飲みたいと思ったら、なんとサンジェルマンのど真ん中でビールを作って飲ませる店があった。カシスなどをビールで割ってもおいしいのにはびっくり。
長ーい一日が始まろうとしていた。
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音楽がいっぱい!
6月21日は夏至。一年で最も日が長い、もっとの幸せを感じる日だ。まるで音楽祭を祝すかのように、久しぶりに太陽がパリに顔を出した。青空が見えるだけで十分!昼頃から町をぶらぶら。至る所で演奏の準備中。フランス全土が音楽でわき上がる一日だ。交通手段は一晩中動き、切符は2ユーロ50でどこまでも。このサービス精神をぜひ”日本の権力を握るおじさんたち”に知ってほしいですね。
社会党政権のときの文化大臣、ジャック・ラングの提案で、27年前から始まったこの音楽祭は、世界に伝播している。今年は戦争が津ずくイスラエルとパレスチナで行われた。アートは、人間を仲良くする。誰でも承知しているが、一部の権力の利益で、私たちが持つあらゆる手段は決して、平和な人間共存のために使われたことがない。政治家の美しい言葉ほど用心しなければならないといとも思っている私だ。
音楽がいっぱい!
メゾンのプレス発表
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メゾンのプレス発表は、6月11日に行われた。毎回この時は、最もパリで先端をゆく会場をプレス発表として選んでいるが、そこにメゾンの主催者のデザイン界のリーダーショップとしての自負を感じる。
今回の内容から、世界の貧富の差はますます大きくなるだろう。既にメゾンの方向も、一般受けの生活雑貨を取り扱うのはそのままにしておいても、超豪華なホテルを対象にしたオブジェやインテリアの提案に力を入れている。何しろ2012年までに、2000の豪華ホテルが建築される予定で、その3/1はアジアだそうだ。パリのエッフェル塔を目の前にした場所に今、中国資本の超豪華ホテルが建設中。
外と中の栄えがますますとれ、室内の遠線上に外の空間が開ける。日本の遠景をいかした庭園、そして家からの其の景観。何か日本の庭園のコンセプトに似ています。
会場は、エッフェル塔の目の前に浮かぶモダンな船。中も広く、パーテイー用です。プレゼントは、インドの写真の立派な本。今年の若手デザイナーはインド人です。
メゾンのコンセプトはすごい!飽和状態の中で、抜きんだ事を成功させるにはこのぐらいしっかりしたコンセプトを立て、それを徹底的に実現させる。毎回本当に勉強になる、メゾンのプレス発表です。
メゾンのプレス発表
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だから今度は食料でガソリンを作るのですか?
  私たちは森林を破壊し、毎年ますます小麦畑をビオガソリン用に転用しています。けれども私たちがエネルギーの消費を減らすために何もしないのでは、それは好転しません!何10キロメートルの高速道路を丸呑み続け、中国人が、車の数を2、3年ごとに倍にするのでは、ベルトラン・ドラノエ(パリ市長)が、大変好感の持てるヴェリブ(自転車)をパリ市で使う開発をしても何の役にもなりません。ガソリンが貴重で高価になったとしても、私たち各自は、ガソリンを無意識のうちに過剰に消費し続けています。明日、そして未来に結果がでるでしょう、、何も今始まったことではありませんよ。1967年、重要な自動車会社のプレジデントと食事をしたのを思い出します。当時私はエキプモン大臣でした。私は、ガソリン使用量の少ない車を構想し、製造できることを知りました。しかしその時代は、ガソリンは安価で、それが長く続かないと彼等は知っていましたが、その車の製造など彼等の誰もが興味を持ちませんでした。ですから以前から問題があるのは知っていましたが、利潤だけを計算しているんで、誰も気にかけません。
では全くあなたは、希望の印はないと考えるのですね?
  あります。動乱の直中のアフリカでさえ。アフリカ大陸は信じられないほどの土地と水の貯えがありますが、食料の自給自足を保証できずにいます。けれども手段はあるのです!町から少し離れた郊外行ってごらんなさい。驚くような小さな農家がまだ残っているのを知るでしょう。猫の額のような狭い土地にバナナ園があり、ヤギが飼われています!どうして私たちの労働者の庭から着想を得ないのでしょうか。例えばニジェリア地方や,コンゴの河の近辺など、手ごろな値段で水が引ける地域に、100から200、または500人ぐらいの小さな開拓者用の農業地を作る着想。農民や保存するための店の育成ができる能力ある技師と共に、そして市場のアクセク、これらの農民が一緒になれば、超過分を販売することができます。自然を大切にするようなテクニックを駆使して、商業と衛生の点を指導しつつ、農業用分譲地の創設をもし各国がダイナミックな政治政策として行うなら、自給自足の問題はかなり進歩するでしょう。
FAO総デイレクターのジャック・デイウフの申し出のように、食品の値段の上昇は、アフリカ人農民にとって良い機会だとあなたも信じますか?
  何をおしゃいますか。彼等がどんな利益を得られますか?アフリカの農民が、彼等と同僚の北アメリカ人やヨーロッパ人と競争しながら輸出ができるとあなたは考えますか?もちろんできませんよ!誰も彼等の商品や、彼等自身にさえ興味を持ちません。もし値段が上がれば、支払い能力のない国に消費者を探しに行きません!そうです、もちろんです。農産物の値段の上昇は良い機会です、、、購買力のない人たちを除いてです。ところがその人たちは10億人以上もいます。購買能力のない人たちを拒絶しては、農業問題は解決しません。
しかしOMCは、農産物の自由交換の同意を将来に向けて禁止しようと、今準備していますが、、
  OMCの政治は不条理です。生きるための基盤である食品を世界市場によって調整することはできません。世界の地域によってその値段は三倍にもなります。逆に政府が、生産物に有利に、消費者に買いやすいような国内値段を設定することです。食料援助で農業をする気力をなくさせるのではなく、生産力を生み出す手段を教えることで、貧困国の農業の援助をすべきです。ニュージーランドの値段が、ミルクの世界基準になっていますが、ニュージーランドのミルクの生産値段は、私たちの2倍も安いのです!市場は競争力の弱い農業を破壊します。しかし世界はあらゆる種類の農業を必要としています。なぜならもし世界が生産できるものを最大限に生産しなければ、飢えをなくすことはできないでしょう。
市場事態が一つの法律か、または調整システムか?OMCは最初を選択しました。しかし農村社会は40億の人間を抱え、ほかの人間もいます。もし2番目を選択しなければ、生きこせないでしょう。ですから食糧危機は現在の世界の危機の一端でしかありません。もちろん私たちは最も困難な時期にいます。私達全員が袋小路の中にいると認識する困難な時期にいます。私たちがほかの地を求めなければならないと理解した時こそ、最も見込みがあります。何十億の人間の存在の未来と、世界の平和がそこにかかっています。

どうしてここまで来てしまったのでしょうか?
 いろいろな要素がクロスした結果です。毎年人口増加は2千8百50万で、それらの人に食料を与えます。石油の急上は、今までになく農産物からのガソリン生産を奨励し、それによって平地開拓者は巨大な森林を破壊します。良い例がアマゾ二ーです。風土の被害の増昇で、30年以来今までになく最もスットックが少ないです。国際銀行、国際貨幣基金の国際政治は、食料用耕作を破壊してまでも、南の国々に農産物の輸入を奨励しています。商業の自由化は、自然にあまり恵まれない農業に、しばしば大きな打撃を与えています.又もう一つは、市場のバランスの崩れとストックの空が、投機家に食料の値段を釣り上げさせます。
従ってたくさんの要因があるのですね、、、
 私たちが、現実や重大さを理解するにはまったくほど遠いです。食料の危機を語るには、豊かな巨大な土地が、毎年都市化や洋海に少しずつ侵食されていることを考慮することです。カリフォルニアは、都市の飲料水の使用と農業との間で既に悲劇的な戦いが始まっているのを知ることです。大量生産性の農業は非常なエネルギーを食い尽くします。また私たちの食餌の変化を注意して見ますと、肉の未来の消費量の増加は疑いなく、それが餌用の穀物の需要を急増させました。既に中国で経験済みです。今から動物は世界の穀物の45%を消費します。そこで、市場についてではなく食料についての基本的な質問をする時が迫っています。私たちにどのような農業が必要か?農業が私たちの必要に答えられるための条件は?世界の農業、経済、政治の責任者に、最も困難なこのような質問は決して今までなかったかも知れません。ところが食料に関する組織、国連の農業(FAO),国際銀行、産業国際組織(OMC)も真剣にこの問題を受け取っていません。
何故ですか?
 なぜならばそれは、世界のある”管轄地”を要求するからでしょう。それは支配グループの考え方と利潤に反するからです。しかし私たち全員に責任があります。と言うのも私たちは無関心だからです。貧しい人たちは田舎に住んでいますが、4%の公共の援助しか後進国の農業に与えられていません!療法はなく、どれほど私たちはまっすぐ壁に突き当たることでしょうか。例えば中国ですが、少人数で、強力なトラクターを使って、大量生産する本格的な工場のような大農場の拡大を奨励しています。その結果田舎からの集団移住は、毎年都市に2千4百万の農民を送り込みますが、既に生活する場所も仕事も彼等のためにありません。工場はもう労働者を採用しません。機械化が進んでいるからです。この集団の都市生活が、どれだけの経費を必要とするか誰も考えようとしません。20から30億の飢えた人が現れた時、世界はどうなるでしょうか。移民達をどうしますか。誰もこれについて自問しません。近視眼的にその方が都合が良いのです。なぜならば私たちは利潤に取り付かれているからです。カリフォルニアに来るメキシコ移民の一つの例を取ってみましょう。カリフォルニアの大農場主は、労働者が不法入国者の方が良いのです。と言うのは労働賃金が安く半額ですむからです。とにかく西洋人が取り付かれているのはただガソリンだけです。中間層の生活で食料よりもガソリンにお金をより使いませんか。
ではまた、、、次回を楽しみにして下さい。
地球からSOS
フランスのテレビ番組の週刊雑誌”テレラマ”にかつての大臣エドガー・ピザニが私たちの未来について語っている。緊急を要することなので稚拙な訳だがブログにし、日本のみなさんにも伝えたいと思った。
もし一方が利潤についての彼等の方法を、そして他の一方が生活の仕方を今すぐに変えなければ、地球は間もなく20、30億の餓えた人でいっぱいになるだろう。
思い出して下さい。2007年一月だった。メキシコ人はトルチイヤ(トウモロコシからできたガレット)の値上げに抗議し町に乗り出しました。当時たくさんの人が本気にしませんでした。それ以来飢えの暴動は、火薬の粉のように広がりました;カムルーン、モロッコ、イエメン、セネガル、インドネシア、バングラデッシュ、フィリピン、ハイチ、、、。小麦(2006年以来+130%)米(+170%)、トウモロコシ(+140%):主食である農産物は急激に上がり、世界は,飢えの解決は明日ではないと驚きとともに知る.10億人以上の人間が飢えに脅かされている。
エドガー・ピザニは、以前から危機の緊迫を警告する一人である。かつての農林大臣、ドゴール政権下のエキープマン大臣、次いでミチェラン時代にヌーベルカレドニアの責任者であった、国家のために大いに使えた。彼はしばしば先見の目を持つ。

どうしてこのような危機が?
予測できることす。危機は私たちの矛盾の当然の結果で、避けられないほどひどくなるでしょう。以前から私は注意警報を叫び、”世界は世界中の人間に食べ物を与えられるか”と問い続けてきました。おそらく無理でしょう!私たちは幸いに子供の死亡率を減らす方法を考えました。しかしそれによって私たちは、前例にないような人工の爆発的な増加を引き起こしました。2050年の人口は90億と予想されていますが、地球はこれだけの人間を受け入れ十分に食料を与えられるようには出来ていません。現在、食料を得ようと少なくとも人間は自然の法則を狂わせる方法を発明し、自然をより不毛にしました。増加した人口の住居獲得のために都市は、地球の最も豊かな土地を侵食しています。私たちは世の中が狂気に陥ったように思います。自然の力量以上のものを自然に求め、発見の喜びや、利潤追求に自然を引きずり込みます。
しかし飢えの問題は今に始まったことではありません。何がかわったのですか?
私たちのものの見方です。昔は誰も貧しい者の心配はしませんでした!全員に関わる人間の社会、共通の運命に帰属するとゆう意識は、フランス革命とともに生まれ、19世紀を通し今日までに急速に発展しました。しかし特に飢えがその意味を変えました。それは社会の問題となりました。それは信じられないような複雑な経済、エコロジー、社会、政治的一つの問題となったのです。
なぜ人工の爆発的増加にこだわるのですか?
なぜならば90億の人間に何が必要かと問うのが基本です。職、土地、水、エネルギーについて。このような状況の中で、人間の生存に不可欠なものが得られなかった人たちの結果は何か。食糧問題は全体の一部として、無数の要素の結果としてしか考えられない、外部のことだが関係がある。農業について考えないセクターはほとんどないが、何の効果も生まれていない。去年の秋にあったグルネルの環境問題は別として、自然、人類、世界を脅かす進展の結果を分析し予測する場所や国際的な機関が全くない!ものを別々に、利己的に考えようと意固地になっている。それは私たちの未来にとって致命的です。
来週をお楽しみに!!
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モンサンミシェルと言えば”プラーおばさんのオムレツ”が有名。だから私は食べなかったのだが、今回は一人ではないのでみんなと食べた。観光地の食は一回限りだからか、どこでもまずいものが多い。このオムレツも、そのもの自体が黄色の柔らかいゴムを食べているようだ。ゴムの方がもっと味はあるかもしれない。このオムレツにおそらく白卵を泡立てたのだろう、それがお皿からこぼれるようにかけてある、決しておいしいものではなかった。
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昔は島にボートがいくつか浮いていた。満潮になると島が完全に海水に浸されたが、今は塩が島を襲いつつあり、満潮でも水がほとんどない。砂は島の存在を脅かしている。
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観光地にはやじんま根性の人が行くところと思っていたが、決してばかにしたものではないと改めて認識する。いとこと”美”がある。目を楽しませ魂を振動させる。
モンサンミシェルに何十年ぶりかで行った。修道院は全く変わっていないが、その周りは観光地化してホテルが何軒かあった。それでも日本の観光地から比べると、周りの風景の美しさを壊すような宣伝や、売店がないのが”まあ良いと”私を納得させた。
昔はぐるぐると回りながら頂上にたどり着き”苦悩の後の快感”のような味わいを得たが、今は近道があり苦労なく頂上にいける。こんな島で辺境な地に、しかも山の頂上に石で建物をたてる。人間の想像を超えたすごさを感じる。人間て大バカをやりかすが、こんな想像を絶することもする。頂上から眺める展望の雄大さに心を奪われながら、この山に一つの小さな町を組み立てた人間の知恵と信仰心に心が捕われて仕方がなかった。
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